2011年5月16日月曜日

東京電力のシンボルマーク

今回は久しぶりに名作ロゴを取り上げます。


現在、ニュースを賑わしている「東京電力」です。






このロゴ(シンボルマーク)は、プロのデザイナーであれば知らない人はいないほど有名な名作ロゴのひとつで、デザインの教科書にはかなり高い頻度で取り上げられています。デザインをしたのは巨匠永井一正氏。国家事業や巨大企業、県や市町村のマークなど、数多くの有名ロゴを手がけています。そのなかでも、東京電力のマークは最高傑作のひとつでしょう。構成要素が円だけでここまでのインパクトと造形美を感じさせるロゴマークはなかなかありません。


さて、このシンボルマークについて「このマークは中性子とウランの核分裂反応をあらわしている」という噂がネットの書き込みで見られました。その書き込みを転載しますと、



>テプコマークは中性子とウラン原子の核分裂反応
>を模式的に表しているんだよ
>ちょっと物理をかじってればわかるよねw

>下の大きな赤マルがウランで白抜きの丸が
>中性子の抜けたあと
>上の3つの赤マルは、1つはウランにぶつかった中性子
>後の2つが、ウランから飛び出した中性子
>昔はその通りに経過を表したアニメーションでCMもやっていた


ということです。私は、知人から「これ本当なの?」と聞かれました。
この噂の内容はけっこう説得力があるので本当に「そうなのかな」と思わせられてしまいます。アニメーションのCMも動画投稿サイトなどで見ることができます。そこで、手持ちの資料をあたってみると、『VISUAL DESIGN2 Typography & Symbol Mark』(JAGDA編/六耀社刊/1993)と『+DESIGNING』11号(毎日コミュニケーションズ刊/2008)にシンボルマークの制作経緯が載っていました。


より詳しく載っていたのは『VISUAL DESIGN2』の方で、製作者である永井氏自身の解説とともに、不採用となった試作案も同時に掲載されています。


「…円の組み合わせによって構成されているが、円は柔軟な心、環境との調和、未来への広がりを表わし、マークの色彩は真紅とし、活気、親しみやすさ、明るさを表わした。全体として東京電力の総合力、ダイナミズムを表現できたと思う。」(『VISUAL DESIGN2 Typography & Symbol Mark』)



試作案『VISUAL DESIGN2 Typography & Symbol Mark』より転載



解説と試作案を見ると、必ずしも最初から「核分裂反応」を意識して作ったものではないことが分かると思います。使用されている円の数もそれぞれ違います。

『+DESIGNING』の方にはこのように解説されています。(記事の内容から、マークについて永井氏に直接取材をして書かれた解説だと推察される)

「…6つの円形(人間同士のつながり=輪を思い起こさせる)を東京電力の頭文字である「T」のかたちに配置。赤を基調にすることで、表情に温かみが加わった。」(『+DESIGNING』11号)

つまり、これらの資料からは、上記の噂が本当であることは確認できませんでした。
すくなくとも公式発表としてはそのような情報はなかったと言えるのではないでしょうか。

しかし、これらの情報はあくまで公式の発表なので、実際のところはどうかはわかりません。いろいろ憶測はできますし、マークが発表された当時の文献や東京電力の原子力関連のPR活動等などを調べれば、もっと詳しい情報がわかるかもしれません。

仮に、上記の噂が本当だったとしても、マークそのものは歴史的な名作であるという事実は変わりません。



造形部分について少し解説しますと、真ん中の白い丸と上部の赤い丸の大きさが違うように見えます。白い丸のほうが大きく見えますが、実勢に計測してみたところ、同じ大きさの円のようです。通常、大きさを揃えたい場合は、目の錯覚を考慮して、どちらかの丸の大きさを微調整して同じに見えるようにすることが多いです。そうしていないということは、白い丸が大きく見えている状態がよい、という判断がされている可能性があります。確かに、丸の大きさではなく、赤と白の全体のバランス・緊張感に着目してみると、白丸が大きくみえる状態のほうが力強さを感じさせると思います。